(引用元:ヨルムンガンド 11巻 表紙)

ガンアクションの名作『ヨルムンガンド』。そのクライマックスにおいて、主人公ココ・ヘクマティアルが打ち出した「ヨルムンガンド計画」は、読者に強烈な印象を残しました。

人工衛星と量子コンピューターを用いて人類から「空」を奪い、物流と軍事を麻痺させることで世界平和を強制的に実現する――。 一見すると理想的な平和のようですが、計画の発動時には航空機の墜落などによって約70万人もの人間が犠牲になるという凄惨な代償が伴うものでした。

武器を憎み、平和を願っていた少年兵ヨナは、この過酷な現実に激しく葛藤し、ココに銃を向けた末に彼女のもとを去ります。

ここで大きな謎として浮かび上がるのが、「なぜココは、絶対的な主導権を持ちながらも、ヨナが去った瞬間にスイッチを押さなかったのか?」という点です。ココはなぜ、ヨナが戻るまでの「2年間」もの間、世界改変の最終作戦を止め続けていたのでしょうか。

一見すると「大切なヨナの帰還を待っていた」という情愛のようにも見えますが、作中の心理描写や物語の構造を読み解いていくと、そこにはココ自身の弱さと、ヨナを70万人の犠牲の「引き金」へと仕立て上げる残酷な意図が隠されていたのではないかと考えられます。

今回は、この「2年間の空白」に秘められた真意について、いくつかの推測を交えながら深掘り考察を行っていきます。

推測1:自分ひとりで「狂気の神(怪物)」になる恐怖があったのではないか

ココ・ヘクマティアルという女性は、一見すると無敵で冷徹な天才武器商人のように振る舞っています。しかしその本質は、世界の理不尽と暴力に誰よりも傷つき、歪んでしまった「過剰に繊細な人間」だったのではないでしょうか。

もしヨナに拒絶され、彼に去られた状態でヨルムンガンドを発動してしまえば、ココはどうなっていたでしょうか。 彼女は世界に対して圧倒的な暴力を振るう「ただの身勝手で孤独な怪物(独裁者)」として完成してしまいます。

ココにとってヨナは、自分自身が人間としての正気を繋ぎ止めておくための「倫理の錨(いかり)」だったと考えられます。 70万人を犠牲にするというあまりにも重い狂気を一人で背負う恐怖に、さすがのココも耐え切れなかったのかもしれません。ヨナという「人間側の存在」が自分の隣にいてくれない限り、彼女は自らの計画の正当性を保てなかったのではないでしょうか。

推測2:ヨナに70万人の「引き金」を引かせ、絶対的な共犯関係を構築したかったのではないか

「ココはヨナに70万人の犠牲の引き金を引かせたのではないか」という視点は、本作のダークな核心を突いているように思えます。

ココがヨナの帰還を待った最大の理由は、「70万人の死」という罪をヨナと分け合い、彼を絶対的な共犯者に仕立て上げるためだったと推測できます。

  • ヨナが去ったまま実行した場合: ココが独断で行った「単独の大規模殺戮」
  • ヨナが戻って手を取った場合: ヨナがココの選択を承認し、二人で背負う「新世界の代償」

ココは、ヨナを力で従わせたり、洗脳して手元に置くことを拒みました。どこまでもヨナ自身の「意思」で自分の元へ戻り、自分と共に歩む道を選んでほしかったのではないでしょうか。

2年後、ヨナが再びココの前に現れ、彼女の手を取った瞬間、ヨナは「70万人の犠牲を出してでもココの世界改変を容認する」という決断を下したことになります。ココはヨナの帰還を待つことで、自分一人で大量殺戮者になる悲劇を避け、ヨナに決定的な最後の引き金を引かせたのではないかと考えられます。

推測3:キャスパー経由で「世界の現実」を叩き込むための2年間だったのではないか

なぜ待ち期間が「2年間」だったのか。この期間、ヨナはココの兄であるキャスパー・ヘクマティアルの部隊に身を置き、陸の兵器を売り歩く戦場を巡っていました。

これは、ココが仕掛けた「世界の現実をヨナに見せつけるための猶予期間」だったとも解釈できます。

ヨナはココのもとを離れた後、キャスパーと共に世界中の戦場を回り、「ココがいなくても世界は相変わらず兵器に溢れ、理不尽に人が死に続ける」という現実を嫌というほど見せつけられます。

どれだけ平和を願っても、地上の戦争は終わらない。 陸の兵器商人であるキャスパーの世界では、殺戮が日常として淡々と続いていく。

この地獄のような現実を2年間経験させたことで、ヨナの中に一つの諦観が芽生えたのではないでしょうか。 「兵器が溢れ続ける現実の狂気」と「ココがやろうとしている空を奪う狂気」、どちらかを選ばなければならないとしたら、自分はココの狂気に賭けるしかない――と。

ココはこの2年間、ヨナが世界に絶望し、消去法で自分を選び直して帰ってくることを、静かに、そして確信を持って待っていたのかもしれません。

推測4:被害者代表であるヨナからの「免罪符」を欲していたのではないか

ヨナというキャラクターの背景を振り返ると、彼は幼少期に戦争によって両親を奪われ、兵器を深く憎んでいる「戦場の被害者」の象徴です。

世界を無理やり変革しようとするココにとって、この「最も戦争を憎む少年」が自分を肯定してくれるかどうかは、何よりも重要な意味を持っていたのではないでしょうか。

世界中の誰がココを「悪魔」と呼ぼうとも、最大の被害者であるヨナが自分の手を取ってくれれば、ココにとってそれは自らの計画に対する最高峰の「免罪符」となり得ます。

ココは、世界を平和にするという大義名分を補強するために、被害者代表であるヨナの「頷き」を必要としていたのかもしれません。だからこそ、ヨナが戻らない限り作戦を開始することはできなかったのではないかと推測されます。

まとめ:二人で背負う「狂気の新世界」という可能性

『ヨルムンガンド』のラストシーンで、2年の時を経て再会したココとヨナ。 ココが笑顔で世界改変のスイッチを押す直前、物語は幕を閉じます。

ココが2年間計画を待ったのは、単なる甘えや執着ではなかったと考えられます。

  • 自分ひとりで孤独な怪物になる恐怖を回避するため
  • ヨナを「70万人の犠牲」の共犯者にするため
  • ヨナに世界の現実を見せ、自らの意思でココを選択させるため
  • 戦場の被害者であるヨナから免罪符を得るため

ココはヨナを救済したのではなく、自分と同じ「狂気の側」へと引きずり込み、二人で新しい世界を背負う道を選ばせたのではないか――。

このような推測を踏まえて作品を見返すと、ラストシーンのココの笑顔とヨナの静かな眼差しが、また違った深い意味を持って胸に迫ってくるのではないでしょうか。

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ヨルムンガンド 1巻